日本で水道民営化が不要な理由
日本で水道下水道事業の民営化は不要です。(品質の良い水を永きにわたり提供することが水道の使命である限り)
理由は以下のとおり:
1.水道の最大課題は民営化で解決できない
良い水を永きにわたり提供する上で最大の課題が事業収益性です。公益事業ゆえに大きな黒字は不要ながら赤字続きでは事業が成り立たず、まず財務的に健全であるのか確認する必要があります。
総務省のH28年度のデータでは全国の水道公益企業全体でざっと4兆円の決算規模、純利益で約0.3兆円の黒字、下水道は5.5兆円の決算規模で純利益は0.2兆円のこちらも黒字。
これら水準は過去数年間大差なく推移しており、利益が出ており収益面で特に問題ないように見えます。
実際にそうでしょうか?
水道や下水道事業は大規模な設備産業ゆえ毎期の減価償却費も相当な規模、費用比率になることは誰でも容易に想像がつきます。
会計基準によって費用額が決まりキャッシュアウトを伴わない減価償却費は水道事業の損益計算書における実際の業務からの収益を見えにくくします。
バランスシート(貸借対照表)でも水道事業の特性を考慮する必要があります。例えば事業評価の際の資産評価は時価(いくらで売れるか)が重要ですが、例えば水道事業の主要固定資産である浄水場や水道管等が他者に売却されることは想定できませんので、そもそも通貨で量る資産価値という概念とズレがあり、細かいところでは無形固定資産に計上される諸権利(運営権等)もそれらの価値(評価額)は評価する人の数だけばらつくものと想像します。
そのため、水広場的にはキャッシュフローの観点で分析します。
データは元国交省の藤川氏によるH26年度版レポートです。
H26年度の水道事業全体(正確には法適用事業体の合計、つまりほぼ全体)は資本的収支の出費(設備費、債務返済)が1.64兆円、水道事業の出費(総費用-減価償却費)が2.06兆円、ざっと計約3.7兆円のキャッシュアウトがあったとわかります(支払タイミング等による誤差は考慮せず)。
他方キャッシュの入りですが、水道料金収入が2.7兆円ですので、回収期間を特に考慮しなければ、水道事業体全体で約1兆円の赤字キャッシュフローとなっています。
キャッシュフローの赤字が続けば現金が枯渇し破綻しますので、水道料金以外の収入で賄う必要があり、実際に国、都道府県からの補助金、他会計からの繰入れ、そして企業債(借金)で何とか帳尻をあわせています。
下水道は前述のとおり全体で5.5兆円が出費されていますが、制度上の理由で勘定別の会計データが不十分であり、ここではまたH26年度の抜粋データを参照します。
H26年度の下水道事業(法適合企業の合算)では、資本勘定の出費が約1.94兆円、下水道事業としての出費が0.94兆円、計2.88兆円のキャッシュアウトがあった一方、キャッシュの入りのほうでは下水道使用料が約1兆円、つまり事業としてざっと1.9兆円の赤字キャッシュフローとなっています。
他会計補助金等で1兆円強、あとは企業債で資金調達してなんとか現金勘定の帳尻をあわせていることがわかります。
そのため、これら企業債の残高は水道でざっと8兆円、下水道で25兆円という規模です。
これら事実が示すのは、補助金等の累積公的資金負担を除いた実質業務ベースでは債務超過といって差支えない日本の水道下水道の実態。
今後老朽化や耐震への対策を十分に実施するとなれば現金は減り減価償却費は増え、実質ベースの財務基盤は更に脆弱になります。
収益構造と財務基盤が脆弱であることが水道下水道の使命における絶対的重要課題、しかし収益構造を改善する上で民営化は最適策ではありません。
なぜなら、
A)事業損益の最大要素である設備費(償却費)はそれら資産の公有継続が前提ゆえ民営化しようと変わらない。
B)民間委託による効率化は実証されていない。また、民間委託で可能な効率化を自治体自体で実施できないようなら、水道を支えている料金・補助金負担者(国民)を預かる身として研究努力不足という無責任の存在を示す。
C)民間委託によるコスト増加圧力。特に委託先が株式公開企業や大手企業の場合、余計なコストのため公営よりユーザーにとって割高になる可能性が高い(=料金高や品質悪化)。公営であれば事業からの超過利益は不要ですが上場企業などは資本コスト(皮膚感覚で7~8%)や四半期決算開示義務などにより短期利益の連続的極大化の圧力に晒されているため売上増加(水道料金値上げ)and/or コスト削減(品質悪化)を追及せざるを得ず、結果としてユーザーのコスト高になる圧力が存在します。
D)収益構造を良くする有効手段が他にある。
からです。
D)は事業広域化を指します。
添付画像の政策投資銀行のリサーチによれば水道事業では給水人口と収益力が関連していることがわかり、給水人口5万人程が損益分岐点となっています。
民営化推進の最大根拠は「コストを下げる」ことですが、日本において水道を民営化したことでコストが下がったという有意な因果関係を私は見たことがありません。
他方、広域化で収益構造が改善することはほぼ明らかですから、枝葉末節な議論より、まずは広域化を真剣に進め、その先の部分的な策として業務民営化を置くべきです。
民営化ありきでは水道事業の収益力が有意義な水準で改善することはないでしょう。
2.そもそも事業として民間には適さない
公営 vs 民営は永遠のテーマですが、日本の水道事業の特性を水広場的に立ち返ってみます。
・公益性:高(おそらく最も公益性が高いのが水道)
・品質:高
・収益性:低
・成長性:低
全体の現状は赤字、更に需要先細(人口減)かつコスト先高(設備改新)の状態で、利益追求が使命たる民間企業が本来付け入る隙はありません。
一部業務を委託するとしても自治体が自分でやれば超過利益が不要な分だけ安く済みます。
民営化の委託先企業に補助金などの公的資金が流れることになれば(実際そうなるでしょう)、違法でなくともモラルハザードの大問題です。
3.民間委託で逆にコスト高になる可能性
1.Bを深堀り。民間委託により本来自治体が得られるはずであるコスト削減が逆にできなくなる可能性も想定できます。
3.1)オペレーショナル・コスト
コストを業務運営費(オペレーショナル・コスト)と設備コスト(償却費等)に大別すると、後者の資本的収支は公が引き続き責任を持つとして、民営化は前者の業務運営(収益性収支)における効率化(コスト削減)が目的となります。また、民間業者は利潤が必要ですので、下記が成り立つことが民営化の条件となります。
現状の運営コスト>運営委託者に支払う手数料>民間業者自身の運営コスト
次に業務内容を見ます。水道の例)
・浄水:浄水場維持保全管理、水質検査、廃棄物処理等
・配水:漏水調査、水質検査等
・集金:検針・徴収等
上記全部を委託するのが包括型で箱根の例がありますが、現在までの民間委託のほとんどが部分的な業務委託です。
これら業務のうち人間が行うものは人が変わるだけでコスト削減にはつながりません。
自治体が二人でやっていたのを委託先では一人でできることがコスト削減だとしたらそもそも自治体で一人でやればいいだけであり、2か月に1回の検針を外国のように半年や1年に1回にするとしてもそれは委託しなければできないことではありません。
検針の例では民営企業は集金を早めるインセンティブが働き検針頻度を長くすることは考えづらく(民営の電気ガスは毎月ベース)、つまりコスト削減要素が逆に減る可能性もあります。
従って自治体が持っていない技術・ノウハウが民間に存在するという前提、または現在の運営コストに無駄があるという前提に立たないと委託後の運営コストは下がりようがありませんが、そのいずれからの前提が正しいとしたら、それは公益事業体として実質的に全ての住民からの料金徴収権を持ち、補助金等公的資金すら受領している立場として大変お粗末である事を証明してしまうことになります。
公的な資金負担の存在を知って、または運営上の無駄の存在を知って又は仮定して初めて民間業者に参入インセンティブが働くわけです。
世界的にはIOTやAIの進化で水道事業の運営コストが下がる可能性が見え始めており、日本人起業家がアメリカで漏水調査の効率を劇的に上げるAI事業を立ち上げた例などもあります。
つまり、自治体が委託する際の指標とするコストはこれまでのそれを無為に当てはめるのではなく、無駄があったとしたらそれの削減分、そして委託期間中に進む可能性のある技術進歩や独自に可能な削減ポテンシャルを想定したコスト削減予想を織り込んだ「期待コスト」であるべきです。
特に契約期間が長期の場合はそれは義務といってよいでしょう。
委託期間を5年間と仮定しても、委託後の平均運営コストはオペレーショナルコストの部分は現状コストより低くできる要素は多く、委託期間が長期であれば期待コストはより低くなるはずです。それらを盛り込んだ想定((期間内の効率化にょる)業者の時間軸の鞘抜き余地がない)を元に落札できる業者はそういないはずです。
3.2)設備のコスト
前述のとおり水道事業最大の費用項目が減価償却であり、現状では基本的に設備は自治体が継続保有する中、老朽設備の更新が切実な課題です。
その設計を民間に委ねた場合、設備を最小化するインセンティブは働きずらいため、将来の減価償却費は下がることはなく利用者や納税者の当該負担は減らないでしょう。
他方、ナチュラルフィルタレーションの世界的権威である中本信忠信州大学名誉教授が推奨するような生物浄化(緩速ろ過)を導入するなどすれば設備投資と将来のメンテ費用が減り、中長期的には水道財務を相当改善できますが、受託側の民間企業は逆に設備最大化のインセンティブが働くことから、結果的には本来できうるコスト削減とは逆の動きを招きかねません。
パリ市が公営化に戻したのは委託業者が勝手に請求額を吊り上げていたのが一因でした。民間事業者が儲からないことをするわけがないのです。
4.部分最適、全体不適
他分野の例に漏れず、日本では水道民営化においてもグランドデザイン不在により全体のメリット追及が一貫することなく結果として部分的最適が散見されることがあります。
何のための(誰のための)民営化か? そのための解決策は? という基軸を直線的に進めるのが他国としたら、良くも悪くも自然とステークホルダーがごった煮状態となりベクトルが多方向に乱れ飛ぶのが日本(関連技術メーカー等)、部分最適が実現できるメリットはあれど、本来の課題から乖離する傾向があるようにみえます。
本件の本質は冒頭の「良い水を永きにわたり提供することが水道の使命」のための課題解決にあります。
一部メーカーのための民営化であってはならず、勿論、PFIありきではいけません。それらは枝葉の部分であり幹ではありません。
かながわ方式という、箱根の水道事業を包括的に民間委託した例があります。個人的には部分最適として有意義な例だと評価していますが、地元企業が入ったコンソーシアムに委託し、水道業務で得たノウハウを元に海外事業展開という産業育成が図れるという点での部分最適ないし部分的メリットは得ることができる一方、全体としての本質目的「事業健全化」の1丁目1番地であるコスト削減(効率化)効果が私には見えずらいものがあります。
添付画像にもあるよう、委託後の検証では採算面で厳しさが指摘され、そもそも委託費も水道料金収入以上の金額を支払っていることがわかります。水道事業として赤字構造は変わっていません。
かながわ方式を批判しているのではありません。海外を含む外への民間事業展開を目的とするならば、それは勿論賛成いたします。箱根の例は成功例になることを切に願うばかりです。
他方、水道事業財務が健全化し同時にサービス維持(ないし向上)を成すための最適解が民営化とは考えらない点は変わりません。
構造は違いますが全体効率の例としてふるさと納税が国全体では歳入減となる例と似て、水道事業の民営化は主体者の全体的なベネフィットを期待できるものではありません。
水広場的には水道民営化は不要という結論に至ります。
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