西友の買い手
ウォルマートが西友を売却して日本から撤退と報道されています。
EveryDayLowPrice戦略が成果を出せなかったのはデフレ・オールジャパンで周りはどこも同じだったからでしょう。
M&Aケースとしては明らかな失敗例。
事業からの利益はほぼゼロ、収益力無くその見込みも欠ける事業は高く売れません。万が一高く売れたとしても新たな買い手に問題を譲るだけのことです。
西友側もWマート傘下になることで特に事業価値を高めることはできませんでした。
その失敗ディールの黒幕の投資銀行はワッサースタイン、つまり私の前職。
当時私は日本の金融セクターFIGのリーダー(といっても部下2人)、Wマートの西友案件はFCRチームがやっており、私は金融子会社の価値評価で少々アドバイスをしました。
当時私はその後20年近くもデフレから脱却できないという状況を想像できませんでした。
投資銀行は誰でもそうでしょうがディールありきフィーありきで高揚し、ディール後の顧客のその先については彼らの利益最大化というより、つい次のディールの潜在顧客として見てしまいます。
懺悔の念を抱きつつ、また当時の私が気付いていなかったマクロ/社会付加価値を鑑み、ウォルマートは西友を誰に売却すべきか?
売っても意味がない先
1.投資ファンド:ブローカーに売っても産業構造の歪み解消にならず、少数の投資家を豊かにし多数の暮らしの質を下げ、社会全体でマイナス。
2.同業他社:日本の食品セクターの大問題に、小売は大手再編が進んだ一方で製造側は無数の零細中小がとりあうという消費チェーン構造上の歪みがあります。他のスーパーに売ったところで消費者と小売(自分)に与える新たな利益(ベネフィット)の源泉は製造や卸など流通上流からの捻出となる可能性高く、デフレで所得増えず購買欲が不足する(これらデフレの原因でもある悪循環というのが当方の見方)という現在の構造的問題の解決にならず問題が先送りされるでしょう。
3.S商事:手がけた激安型通販事業(渋滞、排気ガスの社会コストや事務コストを加味したらおそらくマイナス付加価値事業(つまりGDP縮小事業))やオンラインスーパー事業例など見れば大体わかるはず。他の商社も構造的メリット欠如の点では大差なしか。
4.搾取プレイヤー:超過利益の源泉を新たな価値・市場の創造からではなく、立場の弱い仕入先・取引先から受領している企業。安さが売りで一定規模の経済も持つ西友が利益を出せないでいるのであり、EDLPを継続して利益を出すには仕入先や運送など取引条件を更に厳しくするか、自分で作るかしかありません。あれほどの品揃えは自分でつくれず、ならまずは安く仕入れる方法を追及しようという発想に一般的搾取プレイヤーは陥るでしょう。搾取的企業の文化は硬直的でやっかい、そして誰が搾取者などそもそもほとんどのエコノミストや投資銀行家などには理解できません。
買うべき企業
1.農林中金:西友全店の新型マルシェ化。片や販路に悩む巨大農業組織、全国の漁協との接点もある。片や安売り以外の差別化が命運を分けるスーパー大手。当事者への価値と社会への価値が増す組み合わせ。想像力ない方には問題外。
2.食品卸:顧客の1社を所有運営すれば競合となる他の顧客を失う恐れ大、従って買い手としては直販卸に変わる一大業態転換であり短期売上も激減必至。そんな案をなぜ挙げるかといえば流通構造上の余剰たる食品卸セクター改革への一石とするため。薄利多売モデルから厚い粗利へ、流通構造における全プレイヤーに維持可能水準の粗利をもたらす構造へ、食品卸業は川上か川下のいずれかに収束していく必要がある。
僕が経産省職員なら本件を危機的産業構造改革の楔を打ち込む千載一遇のチャンスととらえます。
小さすぎて多すぎる食品飲料メーカー、卸が過重に介在する非効率性、暗黙の3分の2ルールなど、食品を中心とする現在の日本の流通構造の歪みが構造的であることは明らかです。ついでにいえば売上やシェア拡大をそれらの意味を深く考えずに金科玉条にする経営者の独特な精神構造もあるのでしょう。これらすべてデフレ圧力発生ファクターだと当職は考えています。
メーカーは頑張ってもなかなか儲からず安月給で若者も入ってこない、本来はお金が無い人のための廉価販売のベネフィットをお金をそここそこ貯めている一般多数が過剰に享受する(消費者余剰)、それを実現しているのはイノベーションというより規模で交渉力に勝る小売店の無理を供給側が単に呑んでいるからという側面が強いことを多くの消費者は知りません。
売上至上主義は本来ある商品価値を安易に売りさばくためディスカウントして販売することで消費者に誤った情報を伝え、良い商品でも安くて当たり前という本来あり得ない現象を当然と期待させてしまっています。
運送業界もデフレという点で同様でしたが改善されつつあります。
商品注文したのだから送料など無料で当然と思って疑わない消費者、指定した時間に配達されなかったとしてクレームする消費者が後を絶ちませんでしたが、かさばる荷物を運んでくれる役務には当然その対価としての価値があるわけですから宅配各社が値上げに踏み切ったのは当然であり、逆にシェアや売上至上のままでいたらその英断はなかったでしょう。
Wマートによる買収後、西友はアメリカのミネラルウォーター500mlを確か27円だか30円で売っていたことがありましたが、それを見た時、この会社に将来はないだろうとぼんやりと感じました。
EDLPですから特売ではありません、30円なりで毎日売るわけです。アメリカでも最低40円ほどで小売しないと小売店にしてもメーカーにしても利益は出ないはず、西友にとっては客寄せのつもりでもミネラルウォーターセクターにとれば短期的な稼働率と近い将来の破綻のトレードオフ、毎日徐々に首を絞められているようなものです。
日本の食品業界の縦の流れに厳然として存在する構造上の歪みが改善されずに買い手がいくら内部改革したところで西友の業容は大きく変わらず、消費者、供給者、従業員、投資家、経営者を含めた全ステークホルダーに利益をもたらしません。
投資銀行には無理なのかもしれませんが、実務上の細かい点は後にして、こういう時はセクター(横)に流通構造(縦)の分析を加えた産業構造改革型のディールにすべきです。
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